大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)14913号 判決 1971年3月02日

原告

長谷川一時

代理人

川上義隆

田辺幸一

被告

安田火災海上保険株式会社

代理人

山下義則

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

一、被告は、原告に対し五〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一月一五日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

第三  請求の原因

一、(保険契約の締結)

原告は、昭和四一年一二月二二日被告との間に、原告所有の普通貨物自動車(多摩一そ二七七四号)(以下、本件事故車という)につき、保険期間昭和四一年一二月二四日から一年間、保険金限度額五〇〇万円とする自動車対人賠償責任保険契約(以下、本件保険契約という)を締結した。

二、(事故の発生)

訴外阿部基(原告の義弟)は、昭和四二年一〇月一九日午前七時三〇分頃埼玉県入間市大字二本木九五一番地先路上において本件事故車を運転中、訴外沢田清二運転の原動機付自転車と衝突し、よつて同人を同日午後一時三二分頃、頭蓋骨々折、脳内出血等のため死亡するに至らせた。

三、(示談の成立等)

(一)  そこで、原告および訴外阿部は、昭和四三年一月二二日亡沢田清二の妻であり、同人の他の遺族三名の代理人である訴外沢田サチ子との間で、亡沢田の死亡に基づく損害賠償として、原告および訴外阿部は連帯して右遺族らに対し、自賠責保険金のほか五〇〇万円を支払う旨の示談を成立させた。

(二)  仮りに右が認められないとしても、訴外沢田サチ子他三名の右遺族は原告らに対し既に損害賠償請求の訴を提起し(昭和四三年(ワ)第一四六九六号)、本件と並行して審理されているから、右事件において判断が示されることによつて原告の賠償責任額が確定する。そしてその責任額は右金額を下らない。

(三)  なお被告は保険金請求権行使の前提要件として原告らの賠償責任額の確定を要する旨主張するが、右をもつて充足される。

四、(結論)

よつて、被告は、本件保険契約に基づき、原告に対して保険金五〇万円を支払う義務があるから、原告は被告に対して、右金員およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四四年一月一五日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四  請求原因に対する被告の答弁

一、第一、第二項の事実は認める。

二、第三項の(一)の事実は不知、同(二)の事実は認める。

三、本件保険契約は、いわゆる任意保険たる責任保険契約であり、その性質上原告の損害賠償責任額の確定を保険金請求権行使の前提要件とするものというべきである。そして右第三項の(二)の事実はその要件を充足するものではない。

第五  抗弁

一、本約款二章四条によれば、自動車が無免許運転者によつて運転されているときには、保険会社は損害を填補する責に任じない旨規定するところ、訴外阿部は、本件事故車運転に要する公安員会発行の大型免証許の交付を受けないでこれを運転中本件事故を惹起したものであるから、右条項に従つて被告は免責され、保険金支払義務を負わない。

二、仮りに請求原因第三項の(一)に主張のとおり、訴外沢田サチ子らと原告らとの間に示談が成立しているとしても、本件保険契約の内容たる自動車保険普通保険約款(以下単に約款という。)の第三章第一一条第一項第七号によれば、保険契約者または被保険者は「あらかじめ保険会社の承認を得ないで損害賠償責任の全部または一部を承認しないこと」が義務づけられており、同条第二項により、保険契約者または被保険者が正当な理由がないのに右に違反したときは、保険会社が損害賠償責任がないと認めた部分を控除しててん補額を決定する旨定められている。

しかるに被告は、原告主張の示談につき承認を与えたことはなく、そして被告はその損害賠償責任が全くないと認めるのであるから、原告の本訴請求は失当である。

三、また、約款第三章第一一条第一項第八号によれば、保険契約者または被保険者は「損害賠償責任に関する訴訟を提起されたときは、直ちに保険会社に通知すること」が義務づけられ、同条二項により、正当な理由なく右に違反したときは保険会社は損害てん補の責に任じない旨定められている。

しかるに原告は訴外沢田サチ子らから訴訟を提起されたのに拘らず、正当な理由がないのに直ちにこれを被告に通知しなかつたから、被告は損害てん補の責に任じない。

第六  抗弁に対する原告の答弁

一、第一項中、訴外阿部が本件事故当時本件事故車の運転に必要な大型免許証の交付を受けていなかつた事実は認めるが、その余は争う。

訴外阿部は、昭和四二年一〇月四日大型運転免許の試験を受けてこれに合格し、事故当時免許証は未だ交付されていなかつたが、その直後、免許証が交付される旨のハガキによる連絡を受け、同月二〇日に現実の交付を受け、その免許証上の交付年月日は同月五日とされていたものであるから、運転免許は右同月五日になされたものというべく、単に現実の免許証交付が遅れたのにすぎない。もし、運転免許証の交付をもつて免許の効力要件と解するならば、公安委員会側の事務処理の遅延による不利益を運転者に負担させる結果となつて不合理であり、本件のごとく、免許試験に合格し、水準以上の運転技能を有すると認められた者の免許証交付前の運転は、免許証不携帯の場合と同然というべきである。

またかりに訴外阿部が道交法上は無免許に該当するとしても、それは無免許者を可及的速やかに摘発するため、形式的、画一的に取り扱う必要性に基づくものであつて、これをそのまま保険契約の解釈に導入して単に道交法上無免許者であるというだけの理由で被告が保険金支払義務から免責されるとすることは加害者である訴外阿部のみならず、原告ひいては被害者にあまりに酷な結果を招き、保険制度の趣旨に反するものといわなければならない。従つて約款の解釈に関する限り、本件は無免許者の運転に該当しないものというべきである。

二、第二、三項の約款上の各規定の存在は認める。

しかしながら原告は、前記のとおり訴外沢田サチ子らと示談するに当り、あらかじめ被告の承認をえた。少なくとも四五〇万円については承認をえている。従つて被告の抗弁二項の主張は理由がない。

また、訴提起の通知に関しては、原告が被告に対し訴を提起している本件においては何ら問題はない。また原告は本件第一回口頭弁論期日において被告代理人に対し、訴外沢田サチ子らから原告に対し訴訟が提起されている旨を伝えているから義務違反はない。

またそもそも被告は訴外阿部が無免許運転者であるが故に保険金請求を拒否しているのであるから、通知義務を云々するのは失当である。

第七  再抗弁

そもそも自動車対人賠償責任保険の制度は、交通戦争といわれ、激増する交通事故による被害者の損害を填補するためにある。

従つて、かりに訴外阿部が無免許と認められるとしても、その場合の免責を規定する本約款二章四条は無効というべきである。

第八  再抗弁に対する認否

原告の主張を争う。

第九  証拠関係<略>

理由

一被告は抗弁として、本件事故は無免許運転者の運転による事故であるから約款上の免責事由に該当する旨主張し、原告は本件が右事由に該当しない旨また当該免責条項が無効である旨主張して争い、これが本件の重要な争点であるので、まずこの点につき判断する。

(一)  <証拠>によれば、本件保険契約の内容をなす自動車保険普通保険約款二章四条に、自動車が「無免許運転者によつて運転されているとき」には、保険会社は賠償責任条項の他の規定ならびに一般条項および特約条項の規定にかかわらず損害をてん補する責に任じない旨規定されていることが明らかである。

そして本件事故車の運転者であつた訴外阿部が、本件事故当時その運転に必要な運転免許証の交付を受けていなかつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、訴外阿部は、本件事故前の昭和四二年一〇月四日公安委員会の大型運転免許試験を受けてこれに合格し、事故の翌日である同日二〇日に、交付年月日を同日五日と表示した大型運転免許証の交付を受けたことが認められる。

(二)  ところで運転免許の制度は専ら道交法に規定されているところ、同法八四条は、自動車を運転しようとする者は公安委員会の運転免許を受けなければならないとし、同法八九条、九〇条は、運転免許を受けようとする者は公安委員会の運転免許試験に合格し、さらに一定の欠格事由がないなどの条件を満たした場合に免許が与えられるとし、同法六四条、一一八条一項一号は、無免許運転を禁止してその違反者に対し刑罰をもつて臨んでいる。これら規定に照らすと自動車運転免許は、一般に禁止される運転を一定の資格を満たす者に対して許可するいわゆる警察許可と解される。そして同法九二条は、免許は運転免許証を交付して行なう、と規定しているのであるから、道交法上、免許は要式行為であつて、自動車の運転資格は免許証の現実の交付があつたときにはじめて発生するものと解すべきである。(最高裁昭和三三年一〇月二一日第三小法廷判決最高裁判所刑事判例集第一二巻一四号三三六一頁参照)

そうすると、訴外阿部は本件事故当時、道交法上運転免許を受けないで自動車を運転したものに該当するといわざるをえない。免許証上の交付日が前記のとおり本件事故前として記載されているのであるが、右のように解する以上免許の効力が右記載の交付日に遡及すると解する余地はない。右はせいぜい公安委員会が免許の付与を内部的に決定した日付の表示としての意味しか有しないと解すべきである。

(三)  以上は道交法上の解釈につき述べたのであるが、この解釈が本件約款の解釈にそのまま妥当するかどうかを更に検討する必要がある。

自動車の運転免許制度は、専ら道交法に依拠しているのであるから、特段の事情のない限り約款の前記条項の作成に当つても道交法の諸規定を前提にしたものと解するのが当然である。また、<証拠>によれば、右条項にいう無免許運転者を道交法上のそれと同一に解釈するのが、従来の保険実務の慣行であつたと認められる。自動車対人賠償責任保険制度は、副次的には激増する自動車事故による被害者の保護に資すべきものとはいえ、一次的にはあくまで被保険者の損害のてん補を目的とするものである。したがつて、その契約において免責事由をいかに定めるかも、元来契約の自由の埓外にあるものではないのであるから、その約款の解釈に当つてはその文言とその作成関与者ないし契約関与者の意図と慣行とを尊重しなければならず、単に保険契約のあるべき姿を希求する立場からのみ解釈すべきものではないといわなければならない。

してみると、右免責条項の「無免許、運転者」の意義も、これを前記道交法上の解釈と同一に解釈することにより不当な結果を招来し、責任保険制度の趣旨に著しく反し到底許容しえないという特段の場合に限り、制限的に解釈することが許されるにすぎないものというべきである。

(四)  なるほど、道交法上免許を要式行為とした趣旨は、交通の安全を確保するために不適格な運転者を排除することを確実かつ迅速に処理することに由来するものと解される一方、約款おにける右免責条項は<証拠>をも併せ考え、無免許運転の反社会性とその場合の事故発生が偶然性に欠けることとに着目して、保険制度濫用の弊害を除去する趣旨で設けられた規定と解される。そして、本件のように運転者が既に免許試験に合格して、免許証の交付が時間の問題となつている場合には、右反社会性および事故発生の偶然の欠如は、無免許運転一般の場合に比して低いと認めないわけにはいかない。

しかしながら、責任保険においても、大量の保険契約と保険事故に画一的に対処するために、右のような反社会性および事故発生の偶然性欠如の場面を類型的に定立する必要性は否定し難いのであつて、そうすることによつてその中にその程度の著しいものとそうでないものとが混淆して包含される反面、実質的にはそれ以上に反社会性を帯び偶然性に欠ける場合でも免責とならない場合の生ずることは、ある程度までやむをえないことである。のみならず、もはや自動車共通の免許制度は国民の中に深く定着し、仮りに運転の能力を十分に有していても、運転免許証の交付がない限り運転してはならないことは常識化し、そして右の違反は単に取締法規違反としてでなく、反道義的罪悪として認識されるまでに至つているとみてよい。従つて本件の如き場合が、無免許運転一般に比し反社会性において低度であるとはいえ、それは必ずしも質的な相違とまで評価する必要はない。このようなことは他に例えば、道交法一〇三条により一定期間免許停止の処分を受けた者は、当該停止期間の経過により当然に有資格者に復帰するにもかかわらず、右停止期間中の運転は無免許運転とされ、また免許を有し継続的に運転に従事しているものが、たまたま更新手続を失念して免許証の有効期間を徒過すれば、有効期間満了の翌日から直ちに無免許運転者になるというような場合にも、多少の程度の差こそあれ生ずるのである。

また原告は、右の如き解釈は公共委員会の事務処理の遅延による不利益を運転者に負担させることとなり不合理であるという。しかし、右の不利益は単にその遅延の期間その者が自動車を運転できないという程度にすぎないものであつて、公安委員会に対しその遅延を行政上の問責することは格別として、その間の運転を適法とし、約款上の免責事由の例外としなければならないほどに重大な不合理とは到底解しえない。またこのことにより反射的に被害者の保護に欠けることになつても、対人賠償責任保険制度が保険者の損害をてん補することによつて間接的に被害者の保護に資しているにすぎない現行制度上、やむをえないこととするほかはない。

(五)  以上の次第であるから、約款の右免責条項の解釈上、本件の場合を道交法におけると別異に解して「無免許運転者」に該当しないものと解さなければ責任保険制度の趣旨に著しく反すると認められるほどの理由は見出しえないのであつて、結局本件は右免責条項に該当するものというほかはない。

(六)  次に原告は、右免責条項の無効を主張する。しかし、現行の対人賠償責任保険制度は前記のとおり被保険者の損害をてん補することにより間接的に交通事故被害者の保護を目指しているにすぎないのであるから、解釈論として被害者保護の理由から直ちに右条項の無効を云々することは失当である。けだし被害者保護を表面に押し出せば、被保険者ないし保険契約者の義務違反を免責ないしてん補責任軽減の事由とする約款上の諸条項をことごとく無効視することとなり、これはひつきよう対人賠償責任保険制度の全面的自賠責保険化を主張する政策論に帰し、解釈論としては無理というほかない。右免責条項の趣旨が無免許運転の反社会性とその場合の事故発生の偶然性の欠如とに着目して、保険制度濫用の弊害を除去するにあること前示のとおりであつて、その趣旨は一応合理的といわざるをえない。

よつて原告の右主張も失当である。

二そうすると、その余の点の判断に立ち入るまでもなく、被告は、本件事故によつて原告が賠償責任を負担することによつて蒙る損害を填補する責に任じないものであるから、原告の本訴請求は失当というべきである。

よつて原告の本訴請求は全部棄却することとし、訴訟費用の負担に関し民訴八九条に則り、主文のとおり判決する。

(坂井芳雄 浜崎恭生 鷺岡康雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例